ISSテクノロジー解説

ISS空気再生・酸素生成システムの技術詳細:閉鎖環境における清浄な空気と酸素供給を支える技術

Tags: ISS, 生命維持システム, 空気再生, 酸素生成, 閉鎖環境技術, 宇宙システム

国際宇宙ステーション(ISS)は、地球低軌道上に存在する、人類にとっての重要な宇宙活動拠点です。ISSが長期にわたり有人運用を続ける上で、地球環境から隔絶された閉鎖空間における生命維持システムの構築は不可欠です。中でも、クルーが呼吸するための清浄な空気を安定的に供給し、代謝によって発生する二酸化炭素や微量有害物質を取り除く空気再生・酸素生成システムは、その基盤を成す極めて重要な技術分野です。

地上とは異なり、ISSでは新鮮な空気を供給し続け、汚染された空気を捨てるという運用は現実的ではありません。大量の空気を軌道まで運ぶことは非常にコストがかかりますし、排出された空気もISSの軌道や環境に影響を与える可能性があります。そのため、ISSの空気再生・酸素生成システムは、可能な限り船内の空気を浄化・再利用し、クルーの活動によって消費される酸素や発生する二酸化炭素などの成分を適切に管理することを目指しています。これは、限られた資源を最大限に活用する、閉鎖環境における究極の資源循環技術と言えます。本記事では、ISSの空気再生・酸素生成システムがどのような技術で構成され、いかにして厳しい宇宙環境で機能しているのかを詳細に解説します。

ISS空気再生・酸素生成システムの原理と仕組み

ISSの船内空気は、地球大気と同様に窒素(約78%)と酸素(約21%)を主成分としますが、これにクルーの呼吸や機器から発生する二酸化炭素、水蒸気、そして建材や機器から放出される微量有害物質(Trace Contaminants)が含まれます。これらの物質を適切に管理しないと、クルーの健康に深刻な影響を及ぼすため、ISSの空気再生・酸素生成システムは複数のサブシステムから構成されています。

主要なサブシステムは以下の通りです。

  1. 二酸化炭素除去システム (Carbon Dioxide Removal Assembly: CDRA) クルーの呼吸によって発生する二酸化炭素(CO2)は、濃度が高くなると人体に有害です。ISSでは、主にゼオライトなどの吸着剤を利用して空気中のCO2を選択的に吸着し、除去します。(図解挿入推奨:CO2吸着・脱離サイクルの概念図) CDRAは、吸着と脱離のサイクルを繰り返すことで連続的にCO2を除去します。吸着剤にCO2が飽和したら、真空または加熱によってCO2を脱離させ、船外に排出するか、後述の酸素生成システムで利用します。微小重力環境では、気体と固体の接触効率や、吸着剤ベッド内での気流分布、脱離したガスの分離などが地上と異なり、設計上の大きな課題となります。適切な吸着剤の選定や、気流制御、構造設計に工夫が凝らされています。

  2. 酸素生成システム (Oxygen Generation System: OGS) クルーの呼吸によって消費される酸素を供給するシステムです。ISSでは、主に水の電気分解によって酸素を生成しています。(図解挿入推奨:水の電気分解による酸素・水素生成の概念図) $2\text{H}_2\text{O} \rightarrow 2\text{H}_2 + \text{O}_2$ このシステムは、別途供給される水(水再生システムで再生された水や、補給船で運ばれた水)を原料とします。生成された酸素は船内へ供給され、水素は船外へ排出されるか、あるいはCDRAで除去したCO2と反応させて水とメタンを生成するサバチエ反応器(Sabatier Reactor)に送られる場合があります。水電解においても、微小重力下での気泡(酸素および水素)の分離は重要な技術課題であり、遠心力や特殊な電極構造を利用するなどの工夫が必要です。

  3. 微量有害物質除去システム (Trace Contaminant Control System: TCCS) 建材、電子機器、クルーの活動などから発生する微量な有機化合物やその他の有害物質を除去するシステムです。主に活性炭フィルターによる物理吸着と、触媒酸化器(Catalytic Reactor)による分解を組み合わせて使用します。(図解挿入推奨:TCCSの構成要素概念図) 触媒酸化器では、空気中の有害物質を触媒の存在下で加熱し、比較的無害な二酸化炭素や水などに分解します。システムによっては、分解しきれなかった有害物質や生成物を後段のフィルターで捕集します。これらのフィルター材や触媒は消耗品であり、定期的な交換が必要です。

  4. 船内空気循環システム これらのシステムが効率的に機能するためには、船内の空気をモジュール全体に循環させ、汚染物質が一箇所に滞留せず、各システムへ適切に導かれるようにする必要があります。ファンやダクトの配置、気流の設計は、微小重力下での空気の挙動を考慮して最適化されています。また、空気の温度や湿度も同時に制御されます。

これらのサブシステムが連携して機能することで、ISSの船内空気は常にモニタリングされ、安全なレベルに維持されています。(グラフ挿入推奨:船内CO2濃度や微量有害物質濃度の経時推移データ例)

ISSでの実運用と課題克服

ISSの空気再生・酸素生成システムは、長期間にわたる運用の中で様々な課題に直面し、その都度改善が加えられてきました。

例えば、初期のCO2除去システムには技術的なトラブルが発生し、地上からのCO2吸収剤(水酸化リチウム: LiOH)カートリッジの運搬が必要になる事態も発生しました。その経験から、より信頼性の高いゼオライト方式のCDRAが開発・導入され、連続的なCO附議除去が可能となりました。しかし、ゼオライトも長期間の使用により劣化するため、予備品の搭載や交換作業が必要です。

酸素生成システムの水電解装置では、微小重力下で発生する酸素や水素の気泡が電極表面に付着したり、電解質溶液中に混入したりすることが、システム効率の低下やトラブルの原因となります。これを防ぐために、遠心分離器を使って気泡を分離したり、特殊な撥水・親水性の電極材料を開発したりするなどの技術的な工夫が行われています。それでも、長期間の運転では部品の劣化や消耗は避けられず、定期的なメンテナンスや修理がISSクルーや地上管制官の重要な作業の一つとなっています。

微量有害物質除去システムについても、船内で想定外の物質が発生したり、フィルターの吸着能力が低下したりといった課題が発生します。これに対応するため、船内空気の成分をリアルタイムで分析するガスクロマトグラフィー質量分析計(GC/MS)などの高度なモニタリング装置が使用されており、異常な物質が検出された場合は発生源の特定と除去、あるいはTCCSの運転モード調整などが行われます。

ISSの閉鎖環境システムは、これらの運用経験を通じて得られた知見が、システムの改良や次世代システムの開発に活かされています。地上の技術開発と連携し、より小型、軽量、高効率で、メンテナンス頻度の少ないシステムの実現を目指した研究開発が継続的に行われています。

応用・発展・関連研究

ISSで培われた空気再生・酸素生成技術は、将来の宇宙開発において極めて重要な基盤となります。特に、月面基地や火星探査のように、地球からの補給がより困難になる長期有人ミッションでは、生命維持資源の現地生産・再利用が不可欠です。

ISSの空気再生・酸素生成システムは、単に宇宙飛行士が呼吸できるようにするだけでなく、地球から遠く離れた場所で人類が持続的に活動するための、基盤となるリソース利用技術開発の最前線なのです。

結論

ISSの空気再生・酸素生成システムは、極めて厳しい宇宙環境である閉鎖空間において、人間が生きていくために不可欠な清浄な空気と酸素を安定的に供給するための、高度に統合されたシステムです。二酸化炭素除去、酸素生成、微量有害物質除去といった複数のサブシステムが連携し、それぞれに微小重力下や限られたリソース条件下でのユニークな技術的工夫が凝らされています。

このシステムは、長期間の運用を通じて様々な技術的課題に直面しながらも、継続的な改善とメンテナンスによってその機能を維持しています。ISSで得られた知見と技術は、将来の月面基地建設や火星探査など、より遠方での長期有人ミッションにおける閉鎖環境生命維持システムの実現に不可欠なものです。

宇宙工学を学ぶ皆さんにとって、ISSの空気再生・酸素生成システムは、基礎的な化学、物理、熱力学、流体力学、材料工学、制御工学といった様々な分野の知識がどのように統合され、具体的なシステムとして構築・運用されているのかを理解するための優れた事例となるでしょう。システム全体としての最適化、限られたリソース(電力、重量、容積)の中での設計、長期信頼性の確保、そして運用中のトラブルシューティングといった実践的な課題は、皆さんが将来、宇宙開発を含む様々な分野でエンジニアとして活躍する上で必ず直面するであろう課題と共通するものです。このシステムに興味を持つことが、皆さんの学習や研究テーマの発見、そして将来のキャリアを考える上での一助となることを願っています。